悠久の地界は自然豊かで、そこには動物とヒトが住んでいた。しかし全父は、最古黎明が来る前に動物を征服し、地界は今と同じ姿になったという。だがよく覚えておけ。本来、動物とヒトの境界はあいまいだ。そしてヒトのなかには、両方の特質を表す者たちがいる。では、最初の人獣ことフィン・アプ・クミルの物語を教えよう。
はるか昔、上級王が北方人と戦う前、アルバエティア国の丘陵と土地は、異民族の血縁集団が支配していた。異民族の戦士、フィン・アプ・クミルは大きな体に恵まれていて、彼はジャイアントのような怪力と、嵐の激しさをもっていたそうだ。
冬が来て霜が降りたとき、凍土の帝王こと悪妖人たちが、人びとを刈り取りに来た。フィンはエルフの軍隊と激しく戦い、数多くの敵を殺害するが、光り輝く矢を受けてしまう。この矢には強力な毒が塗られていて、フィンは高熱に苦しめられた。村の賢女でさえ治療はできず、フィンは愛する丘陵に向かい、そこで死ぬことにしたという。
死の間際、横たわるフィンの視界と太陽を、大きな影がさえぎった。そこにいたのは熊の王ことグハーロンだった。
「小さな生き物よ、俺は長いあいだおまえを見ていた」と熊は言う。「おまえの霊魂は強く賢い。おまえは本当に、高貴な狩人に見える」
息切れしながら、フィンは「残念だが、私の力も知恵もこれまでだ。エルフの毒が、私の魂も蝕んだからな」と言った。
熊は長いあいだ黙っていたが、再び口を開いた。
「長命人の作った毒は、ヒトだけに作用するものだ。そしてすべてのヒトには、隠された秘密がある。おまえも他のヒトも、動物のひとつにすぎない。全父自身もそれを知らないがな。
おまえがもつ魂の中には、熊が住んでいる。彼の声を聞き取り、彼を眠りから呼び起こせ。熊の力は、おまえを救うだろう」
死の恐怖は、横たわっているフィンから消え去り、彼は生まれ故郷のことも忘れた。自分自身と、自分が見ている事物についても、すべての名称を覚えていなかったそうだ。
もはやヒトでないフィンは、獣の目をもって、周囲の森を見渡す。時間は止まり、過去と未来はゆっくりとひとつに、現在になった。太く大きな声で叫んだフィンの体は、厚みのある毛皮に覆われていたという。彼の骨格は、さきほど見た、熊の王と同じ形状になっていた。熊に変身したフィンはおおいに喜び、月に向かってほえたそうだ。
仲間たちが再びフィンを見たのは、何年も後のことだった。彼は原野を長いあいだ、二本足あるいは四本足で放浪していたそうだ。暗闇をうごめく怪物たちは、彼らを狩るグハーロンのそばにいた、一匹の黒い熊を恐れた。
のちにフィンは、他のさまざまな動物にも変身できるようになったが、彼は最も力強い熊になることを、一番に選んだ。フィンが妻をめとると、多くの息子たちが生まれる。彼らは月の光を浴びたときに、熊へと姿を変えたそうだ。現代では多くの人びとが、自分自身の中に熊を見つけ、各地から集結している。
だが、グハーロンの言葉を忘れてはならない。十分に強い意志をもつならば、動物に変身できるだろう。なぜなら、すべてのヒトがもつ心には、動物の霊魂が住んでいるからだ。おまえが十分に強いのなら、共に行こう。おまえの心に熊が住んでいるか、確かめるといい。
用語一覧
《あ》:悪妖人(Fey Folk)、アルバエティア国(Alvaetia)
《う》:ウェアベア(Werebear)
《え》:エルフ(Elf)
《く》:グハーロン(G'Harron)
《さ》:最古黎明(First Dawning)
《し》:時間(Time)、ジャイアント(Giant)、上級王(High King)
《せ》:全父(All-Father)
《た》:太陽(Sun)
《ち》:地界(World)、長命人(Deathless One)
《つ》:月(Moon)
《と》:凍土の帝王(Ice Lords)
《ひ》:ヒト(Man)
《ふ》:フィン・アプ・クミル(Finn ap Cummil)
《ほ》:北方人(Northman)