父は放浪神と呼ばれ、父は父の生まれた
最も高いところから、壊れてさびれた
地界にまでやってきた。
この神がもつ腕は力強く、視線はするどかった。
父の声は美しく、誰もその声には逆らえなかった。
髪は黒かった。なぜ、父は天界を去ったのか。
父の起きた場所よりもはるか下にある、
原初の球体空間こと、地界を誰が生んだのかは、
知るよしもない。
しかし、名前をたたえられる父は出発した。
随伴神たちは父についてきた。
イチイの弓をもつケーナリュンと、
斧をもち、鍛冶をするトゥーリン。
彼ら三人と追従者たちは天国を去って、
まだおぼつかない空間へ下りていった。
放浪神と彼の従者たちは、
形のない空虚な平原を歩いた。
そこでは秩序と混沌、ならびに闇と光が
暗夜の下で、ひとつのあぶくになっていた。
終わりのない平原に、あるものが置いてあった。
それはなめらかな、黒い宝玉だった。
放浪神がその中身を見ようとしたとき、
とつぜん、耳障りな悪魔の声が空気を震わせた。
そこには、魔神王のコラウールが立っていた。
「わしの土地に来た、招かれざる客は誰だ」
悪魔はささやき、アダマントでできた、
固いかぶとを被った。
「これは侵入にあらず」と放浪神は答えた。
「自らの意思で、自らを天国から送ったためである」
それを聞いて、悪魔たちの全員が彼を笑った。
「神よ、おまえのいた場所へ戻れ」
コラウールは雄たけびをあげ、両目は炎のようになった。
「おまえの傲慢な目では、宝玉がもつ力を、
のぞき見ることはできない。
すぐに立ち去り、他の浪費者たちを連れていけ。
ここに戻ってくるな」
放浪神の名誉にもとづき、それは拒否され、
戦いは宇宙の外にある、深淵を震わせた。
生者たちはそこを、混沌が衝撃を与えた場所として知る。
悪魔の兵士は砂粒の数ほどいて、長い爪をもつゆがんだ手は、
かすかに輝く曲刀を握っていた。
しかし、放浪神は恐れなかった。
波が大理石の柱に打ちつけたように、
混沌の軍勢はおそいかかり、
放浪神の怒りを受けて溶けた。
追従者たちもよく戦い、
敵が倒れると、明るく歌った。
コラウールの邪悪な槍は強力で、
その穂先は、神にさえ致命傷を与えられた。
彼は戦いのさなかにいた放浪神をみつけ、
突き刺して、父から血を流させた。
カリンシルが放浪神を突いたとき、
鍛冶神はそばにいた。
トゥーリンの攻撃は悪魔を倒し、
軍団は逃げていった。
ケーナリュンは多くの矢を撃って、
彼らの黒い心臓と目に多く当てた。
放浪神は勝利して、
宝玉を近くに引き寄せた。
石と氷でできた、三個の宝玉がそこにあった。
それらは、暗闇に投げられた真珠のようだった。
「ここは何か」と、父は言った。
「混沌が、神の目から隠していた褒賞か」
父の随伴神たちは、それらの名前を答えられなかった。
どのような獣が、暗夜の宝玉に封じられた地界で、
深い谷底か高い氷山にいるのかも。
放浪神が治めるために来た場所、
地界は宝石のように輝いた。
白夜時代に無名のエルフが書いた詩、タエ・アプ・アルパロナミルこと、「偉大なる父の長き放浪」の断片より引用
固有名詞一覧
《あ》:悪魔(Demons)、アダマント(Adamant)、暗夜(Night)
《い》:偉大なる父の長き放浪(The Far Wanderings of the Great Father)
《う》:宇宙(Universe)
《え》:エルフ(Elves)
《か》:鍛冶神(Shaper)、神(Godling)、カリンシル(Callynthir)
《け》:ケーナリュン(Kenaryn)
《こ》:コラウール(Kolaur)、混沌(Chaos)
《し》:深淵(Void)
《す》:随伴神(Companions)
《た》:タエ・アプ・アルパロナミル(The Far Wanderings of the Great Father)
《ち》:地界(World)、秩序(Law)
《て》:天界(Heaven)、天国(Paradise)
《と》:トゥーリン(Thurin)
《は》:白夜時代(Age of Twilight)
《ひ》:光(Light)
《ほ》:宝玉(Orb)、放浪神(Wand'rer)
《ま》:魔神王(Prince)
《や》:闇(Dark)