シャドウベインの背景世界

惜しくもサービスが停止されたオンラインRPG、Shadowbaneに関する世界設定の翻訳

新しき世界 ―第一章―

 ガレスは、なぜ自分が死にかけているのかわからなかった。

 

 予期せぬ幸運だけが、この少年を生きのびさせた。日暮れにオークたちが襲撃してきて、太陽が地平線に接したとき、かれらの雄たけびが谷に響きわたった。オークたちがやってきたとき、ガレスは、村の南にあるアワ畑で働いていた。もしも、オークが南から現れていたとしたら。あるいは、叔父のヒューガンと収穫作業をしていたのではなく、父親の農地にいたとしたら。ガレスはオークたちによって、まちがいなく殺害されていた。
 おそろしい夜が始まった。ガレスは、オークたちが農場にいる男たちと出くわすことを、避けるかもしれないと思った。そうすれば、オークたちは戦いが始まるまえに、女たちと子供たちを痛めつけられるからだ。すぐさま、ガレスはそばにいた村人たちとともに、村まで走っていったが、かれらの到着は遅すぎた。村がほとんど壊滅していたからである。

 

 まだ十四歳だったガレスは、このときまで、戦いを一度も見たことがなかった。今までのコービング村は、地界を荒廃させてきた闘争とは、無関係の場所だった。ガレスにとって、戦いと死は昔話のなかにしか存在していなかったのだ。
 おばのミレンは、ガレスに、大王と勇敢な騎士たちの物語を聞かせてくれた。かれは震えながら、オークと恐ろしい怪物たちについて、おじから聞くこともあった。ガレスは眠れない夜を何度もすごし、思い浮かべた。自分が大規模な戦場にいて、オーガよりも強く、どの騎士よりも勇敢で、敵を次つぎと打ち倒していく光景を。農民の息子は、とうとう最初の戦いに出くわし、現実を知った。物語も夢も、ここでは何の役にも立たないことを。ガレスとヒューガンは燃えているあばら家のそばで、血にまみれた戦斧をもつ、大柄で筋肉質なオークと対面した。
 ヒューガンは雄たけびをあげながら突撃し、ガレスはおじを助けようとしたが、戦いは一瞬で終わった。オークが、雷のような速さで太い腕を振るうと、ヒューガンの頭はまっぷたつに裂けて血を噴きだし、かれは死んでしまった。その光景はあまりにも凄惨だった。ガレスは恐怖で凍りつき、立ち向かうことも逃げることもできなくなった。オークはかれらの聞き苦しい言語で、笑いともとれる何かを言い放ったあと、となりのあばら家へ走っていった。ガレスに、かれの周りで破壊されていく村を、見せつけるためだったのだろう。

 

 殺りくが繰りひろげられている一方で、ガレスは、おじの血にまみれたまま立ち尽くし、息をきらしていた。どれくらい経ったのだろうか。一分あるいは一時間なのか。信じられない光景だった。戦いはガレスの周りで渦を巻いた。かれのいるところは、まるで台風の目のようであり、音と色と形の踊りが、その外側で目まぐるしく回った。
 恐怖が夏の雨のように過ぎさったあと、ガレスは、不気味な静けさのなかにとり残されていた。目がくらむほど明るくなると、ようやく鮮明に理解できた。燃えている多くの家と煙のにおい、夕暮れに輝く、オークが振りあげた斧の刃、そして血のにおい。哀れなヒューガンから噴き出て、ガレスが浴びた血は、まだ温かかった。
 ガレスが背負い、農場まで持ちこんだ重たいくわは、手でつかんでいたままだった。かれはすべてに亀裂が走り、壊れていく光景を見ても、足がすくんで動けなかった。オークたちが村人を殺りくしていたとき、ガレスはこの獣たちに対して、武器をたった一度も振るうことができなかったのだ。

 

「ガレス」。するどい呼び声が聞こえた。あちこちから猛烈な雄たけびが聞こえ、金属どうしがぶつかる音が響き、断末魔の叫び声があがるなかのことである。このときの空気は水よりも濃く、泥よりも濃かった。

 

「ガレス」。声はふたたび聞こえた。それは聞き覚えのある声だった。しかし、誰のものだっただろうか。落雷のように、とつぜんガレスは気がつき、落ち着いていた心はがらすのように砕けた。それはモーガンの声だった。ガレスは、ヒューガンの惨殺死体から視線を上げた。広場に立っていた弟がもつ、薄い色の金髪は血に塗れていて、そこには大きなオークもいた。

 

モーガン」。ガレスは大声で叫び、弟を守るために走った。しかし、間に合わなかった。苦しむモーガンの悲鳴は途切れ、ガレスは自分の口に、弟の生温かい血が入ったことに気がついた。いったいどうなっているんだ、とガレスは思った。
 かれは逃げ出したが、とつぜん強烈な痛みが全身を駆けめぐり、めまいがした。ガレスの右腕はしびれ、持っていたくわは落ちた。かれがおそるおそる視線を胸に向けると、そこから矢尻が飛び出していた。なんてことだ、とガレスは思った。ガレスは、地面に染みこんだ大量の血も見たが、それがヒューガンのものであることに気づいた。
 ガレスはふたたび走り出し、地面を踏むたびに、視界がくらむほどの激痛を感じたが、しだいに戦いの音は消えていった。ガレスは、大声を出してモーガンを呼ぼうとしたが、せきこんでしまった。怪我の具合は思っていたよりも悪かった。

 

 ガレスは、ようやく自分が死にかけていることに気づいた。

 

(2/13まで翻訳。不定期で更新します)

 

固有名詞一覧

 

お:オーガ(Ogre)、オーク(Orcs)

か:ガレス(Gareth)
こ:コービング村(Korbing Village)

た:大王(High King)、太陽(Sun)
ち:地界(World)

ひ:ヒューガン(Hugan)

み:ミレン(Mirryn)
も:モーガン(Morgan)