おれが怖いのか。嘘をつくな。おまえから恐怖の匂いがする。おまえは狼を恐れるが、言い訳はいらない。だが、なぜおれを探していた。おまえは、地界の支配者を自称し、自然の恩恵を略奪してきたヒトであることに、満足していないのか。二本では脚の数が足りないのか。
おれたちの群とともに駆けたいのなら、知っておけ。地界の設計は完全に壊れ、運命はほころびた。全父とかれの反乱軍が、地界の正統な支配者たちを攻撃し始めた、原初のときから、裏切りと反逆が地界をむしばんでいる。おれの話は異端的か。不愉快に思うか。ならば逃げ、テンプラーを連れてこい。おれを火あぶりにするためにな。だが、そいつには警告しておけ。おれにどす黒い心臓を食われないようにな。
逃げないようだな。すばらしい。野獣と対峙する度胸があるようだ。おまえに、群とともに走るに値する力と知恵があるかは、あとでわかるだろう。ヒトの生きかたは邪悪であり、全父の実験は失敗した。世界の崩壊がその証拠だ。すべての自然が鉄のかかとに踏まれ、うめき声をあげている。
農場をさらに広げ、それらが光を浴びられるようにするため、森は破壊され、都市は汚いヒトで満ちている。全父は、獣のあいだに、自然から外れたヒトを置いた。羊や鹿が増えすぎたとき、その数を調整するのは誰か。それは狼だ。ヒトを間引きするときが来た。ただの獣では削減をおこなえない。もっとも凶暴な捕食者だけが、この困難な仕事をこなせる。
まだおれが怖いか。違うのか。ならば、おまえの血液が内包している、獣の高貴な歌を聞け。そして、月の光で魂を燃えさせろ。おれたちと走り、おれたちと狩り、おれたちに加われ。おまえに資質があればだがな。
用語一覧
《ち》:地界(World)
《つ》:月(Moon)
《て》:テンプラー(Templar)
《ひ》:ヒト(Man)
《や》:野獣(Beast)