シャドウベインの背景世界

惜しくもサービスが停止されたオンラインRPG、Shadowbaneに関する世界設定の翻訳

序論

 本稿では、西暦2003年から2009年まで、フランスのUBI社がサービスをおこなっていたMMORPG、Shadowbane(以下シャドウベイン)における、主にSam Meridian Johnson(以下メリディアン)氏が構築した背景世界について、筆者が考察した成果を記し、同氏に発想をあたえた諸文化と諸思想を明らかにしていきます。
 大学で世界史と考古学を学んだ、アメリカ人であるメリディアン氏は、その経験と知識を生かして、ゲームライターとして、アメリカのWolfpack社に入社し、文章の執筆とゲーム内における環境の構築をとおして、シャドウベインの世界を表現しました。その世界観は高く評価されて、当時のプレイヤーたちは作品の構造を考察したり、メリディアン氏に質問をおこない、同氏が答えることもありましたが、シャドウベインの世界が十分に解明されたとはいえません。そして、残念ながら、ゲーム開発の中止にともない、背景世界の拡張が中止されたうえに、メリディアン氏は退社してしまいました。

 

 MMORPGという形態にもとづき、プレイヤーたちは、現実における14世紀程度の文化水準をもつ世界で、ヨーロッパに似た地域を主な舞台として、さまざまな勢力に分かれ、競技として争います。シャドウベインの背景世界は、競技を盛りあげることが主目的であり、独立して執筆された小説ではありません。しかし、さまざまな勢力を表現するために、古今東西の文化と思想が描写されており、興味ぶかいものといえます。
 とりわけおもしろい部分は、メリディアン氏じしんが、作中に、単数の通俗的創造神話だけでなく、複数の非通俗的創造神話を導入したことです。なぜなら、大半のファンタジー文学作品は、現実世界とは違い、ひとつの創造神話しかもっていないためであり、つまり、メリディアン氏は、プレイヤーたちが独自の神話を書くことを許したのです。そして、じっさいに、社会規範の機能も兼ねる創造神話が、特定の勢力に属するプレイヤーたちじしんの手により、いくつも執筆されました。シャドウベインを遊ぶプレイヤーたちは、未来だけでなく、過去さえも作れるのです。

 

 シャドウベインは非常に楽しいビデオゲームであり、筆者は、同作品がもつ背景世界の翻訳を2006年ごろから始め、現在もそれをつづけています。そのあいだ、さまざまな資料を調べ、背景世界の理解に努めてきましたが、しだいに、シャドウベインこそが、ファンタジー文学における、最新かつ最終的な傑作であると考えるようになりました。
 現在では、日本はおろか欧米でも、ビデオゲームの愛好家たちにさえ、シャドウベインの背景世界がもつすばらしさはあまり認識されていません。しかし、筆者はシャドウベインの優位性を確信しており、メリディアン氏とシャドウベインの背景世界が、より多くの名声を獲得すべきであると考えています。そして、ビデオゲーム界にとどまらず、ファンタジー文学界においてさえも、シャドウベインがそれらの歴史に名を残すべきであるとも。

 

 筆者はシャドウベインを絶賛しましたが、批判もおこないます。残念ながら、メリディアン氏は参考文献を公開しませんでした。これはメリディアン氏だけに限りませんが、作家が参考文献を公開しないのは、思想家や学者から名誉を盗んでいるといえますし、読者を侮辱しています。筆者は、本稿をとおして、シャドウベインにおけるさまざまな事柄の、あらゆる由来を解明するために、力を尽くします。

 

 18世紀におけるフランスの政治家で、作家でもある、フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン先生は、このように説きました。

 

(前略)人々が若者たちに、財産共同体や女性、子供、身体と心の混乱、汎神論、純粋理性の崇拝などについて話しをするとき、そして人々が彼らにこれらすべてのことを現代において発見されたものとして語るとき、若者たちは馬鹿にされているのだ。なぜなら、これら新しいものは、最も嘆かわしい妄想と同じく、最も古くからあるものだからである。

 

出典: アントワーヌ・コンパニョン(著)、松澤和宏(訳)『アンチモダン』名古屋大学出版会、2012