周りを見ろ。おまえが見ている地界は穏やかだ。岩と石および木の、大地にあるそれらだけでなく、広大な空も、安定しているように見えるだろう。頭に入れておけ。安定とは幻にすぎない。寝ている虎は石のように静かだが、一瞬で雷のように跳ねて、かの女の怒りが解き放たれる。
地界においても、それは同じだ。氷のように静かな諸事物の内側で、変化と運動の両者である、火こと怒りは燃えている。むやみに解き放たれれば、怒りは無駄になり、それを内包していた壺は壊れてしまう。しかし、賢明に、注意ぶかく意識を集中すれば、怒りの活力を利用できる。そして、火が粘土を器に変えたり、雷が砂をガラスに変えるように、地界の諸事物に変化をもたらせるようになる。
知ることが鍵だ。
地界に住む人びとのあいだで、女人族こと、わたしたちパイドラーの娘だけが、怒りこと隠された激質の、秘奥を熟知している。昔に、わたしたちのあいだで、賢明さと鋭敏さの両者において、最も優れた者たちは、激質の力を追求した。そして、激質(フューリー)じたいの名詞を、わたしたちの名前として名乗るようになった。
わたしたちフューリーは、あらゆる元素の中身をのぞきこんで、そこから力を解き放とうとした。長いあいだ、わたしたちは知識にもとづき、大気を刺激して風をおこし、雲から雨を絞り出してきた。そして、大気の激質こと、雷を繋ぎ止める鎖を外してきたのだ。
わたしたちは、大気および水が生みだす、気象について熟知していた。したがって、わたしたちの警戒にもとづくことで、女人族帝国は長期にわたり繁栄した。女人族の古い故郷こと、隠されていたデルガナー渓谷は、一度も干ばつに見舞われず、河川の氾濫による被害も受けなかった。昔は、大地の怒りを和らげるだけでなく、山を隆起させたり、地震をおこすこともできる、優れたフューリーたちがいた。しかし、天変地異がおきたことにより、わたしたちは、かの女たちがもっていた知識を得られなくなった。
わたしたちフューリーは、秘奥を迷信および風説の壁で囲い、隠しつづけてきた。わたしたちは、女人族の姉妹たちとは離れて暮らし、かの女たちに、風の精霊および先祖の霊についての話をする。わたしたちは、死者の好意を得て風を吹かせる、祈祷師だと思われているのだ。これは事実ではないが、ほとんど疑われていない。嘘が、女人族の姉妹のたちに勇気をあたえているのだから、そのままにしておくべきだろう。
何世代にもわたって、巫女姉妹団は女王の意思にはたらきかけてきた。わたしたちの両手は、帝国を影から操作してきたのだ。二世紀まえに、女人族は秘密の渓谷を出て、熱帯雨林からも離れ、地界に衝撃をあたえた。わたしたちは征服し、洪水と雷にくわえ、雹と強風もおこし、敵を撃破してきた。災いの日が来たとき、わたしたちは、古い故郷から遠く離れた場所にいた。
わたちたちがもつ力には危険がともなう。なぜなら、無能な者たちに取り扱われたばあい、激質は深刻な被害をもたらすからだ。現代の地界を見よ。昔に、外部地域のどこかで、誰かが地界じたいの激質を利用しようとした。したがって、大地は複数に割け別れ、世界は滅びることになった。このときに、地界の南方も切り離されてしまい、わたしたちが愛した渓谷への道は失われた。
天変地異がおきた瞬間、地震の歌をうたうフューリーたちは、恐怖のあまりに悲鳴をあげて、狂気に陥った。かの女たちも、現代では死ぬことがない。だから、今でも洞窟の奥で拘束されており、早口でまくしたてたり、金切り声をあげる状態になっている。
地界じたいの激質が浪費されたことによって、現代では誰も死ねなくなり、新しいことは何もおきなくなった。フューリーは、黒くなった太陽を常に見て、自己過信に陥らないように意識しなければならない。分をわきまえない者たちは破滅する。
現在の女人族は、故郷へ戻る道を探しながら放浪している。デルガナー市は、天変地異で破壊された可能性がある。もし無事だったとしても、わたしたちが行けない地下の冥界で、孤島となっているのかもしれない。答えは誰にもわからない。
わたしたちフューリーは、現在でも、姉妹たちの指導者として貢献している。さらに、わたしたちの呪術を地界で誇示しており、天変地異のあとに残された激質を解放している。わたしたちがよく働けば、壊れた地界は変わり、ふたたび見事なものになるかもしれない。もしくは、わたしたちの愛した、熱帯雨林へ帰れるだろう。わたしたちは、永遠に放浪させられるのかもしれない。それならば、力づくで、新しい故郷を得る必要がある。
風が教えてくれるだろう。
用語一覧
《し》:女王(Queen)、女人族(Amazon)、女人族帝国(Amazon Empire)
《か》:外部地域(Outside)
《け》:激質(Fury)、元素(Element)
《た》:大気(Air)、太陽(Sun)
《ち》:地界(World)
《て》:デルガナー渓谷(Valley of Delgana)、デルガナー市(Delgana)、天変地異(Turning)
《な》:南方(South)
《は》:パイドラーの娘(Daughter of Phaedra)
《ひ》:火(Fire)
《ふ》:フューリー(Fury)
《み》:巫女姉妹団(Sisterhood)、水(Water)
《め》:冥界(Void)
《わ》:災いの日(Day of Woe)